ハイビスカス



 

 

解説

  ハイビスカスと聞いて、皆さんは何を思い浮かべられるでしょうか。沖縄とかハワイといった遠い南の島の明るい風景ではないでしょうか。実際、東京でハイビスカスが自生しているところはなく、この花も「新宿御苑」の温室で見かけたものです。
 私は、観賞用の花を描くことは滅多にないのですが、この花を絵にしようと思ったのは、温室で見ているうちに、ふと昔の思い出が甦って来たからです。
 もう随分以前のことになりますが、仕事の関係で東南アジアの国々に何度も出張した時期がありました。あれは、フィリピンに行ったときのことではないかと思うのですが、マニラ市内を移動するために車に乗っていたところ、大通りで信号にひっかかりました。赤信号で止まった車の横に中央分離帯があったのですが、そこに7〜8歳とおぼしき小さな女の子が、薄汚れたワンピースにサンダル履きという格好で、花を沢山入れたカゴを持って立っていました。車が止まると女の子は中央分離帯からこちらに近寄って来て、車の後部座席に座っていた私の横に立ちました。横を向いた私と少女とは、車のガラス越しに目が合いました。女の子は、カゴから一掴みの花束を取り出すと、何か訴えかけるような淋しげな目をして、私の方に花束を差し出しました。
「窓を開けちゃダメですよ」
 助手席に座っていた現地駐在の人が、すかさず私の方を振り向いて、ぴしゃりと言いました。それから彼は私に、彼女はスラム街の子であり赤信号で止まった車に物を売って稼いでいること、一人でやっているのではなく親方のような人の下で何人もの子供達が組織立って物売りをしていること、彼女の花を買ってやったお金は親方に落ちること、同じようなことをやっている子供が近くに何人もいるので、窓を開けて花を買ってやった途端に他の子供達が群がり寄って来て、車がスタート出来なくなるおそれがあること、などを説明してくれました。
 その説明を聞いている間中、私は、少女の淋しそうな視線を横顔に感じていました。やがて信号が青に変わり車が動き出しましたが、私は彼女の方を見ることが出来ませんでした。罪の意識を感じながら、走り出す車のルームミラーを見ると、少女がうつむき加減に中央分離帯に戻るのが見えました。
 私は「新宿御苑」でこのハイビスカスを見たとき、あの少女が差し出した花束と、笑顔のない淋しげな目を思い出しました。彼女が差し出したハイビスカスは、水がないせいかやや萎びていて、彼女と同じくらい弱々しく元気がありませんでした。そんな花束を買ってくれる人が一体どれくらいいるのか知りませんが、買ってくれようがくれまいが、彼女は毎日のように、あの大通りの中央分離帯に立っていたに違いありません。いくら日本が大不況だと言っても、小学校にも行かずに物売りをして暮らしている少女は、この国にはいません。しかし、おそらくあの少女と同じ境遇の子供達が、今もどこかの途上国のどこかの町で、淋しげな目をして道路脇に立っているような気がします。



 

参考データ 

 ホームページ掲載:2003.5  使用ソフト:Paint Shop Pro 7J  タブレット:Wacom Intuos  原画サイズ:1035×795ピクセル

 

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