パソコン絵画徒然草
== 5月に徒然なるまま考えたこと ==
| 5月 7日(水) 「つつじ」 |
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5月と言えば、花としてはつつじが思い出される。時折汗ばむくらい気候が良くなって、明るい太陽が降り注ぐ日、道の脇にピンクや白のつつじが咲き誇る。私にとってはそんなイメージのつつじだから、花から連想されるのは春の陽気な光景である。およそ暗い雰囲気は合わない。 どこといって文句のないつつじだが、実は絵の題材として選んだことがない。至るところで見かけるから、観察の機会がないわけではない。多少複雑で形を取るのが難しいかもしれないが、もっと複雑で面倒な画題でも描いたことがある。また、花はたくさん付いているから、格好のいいものを選ぶとしても、苦労することなく選り取りみどりである。なのに食指が動かない。 花を題材に絵を描くようになって気付いたのだが、ポピュラーな花なのにどういうわけだが題材として無意識のうちに避けている花がある。もともと花の知識がないものだから、体系立てて題材を選んでいるのではなく、目に付いて気に入ったものを季節に合わせて描いている。つつじなんてそこらじゅうで目にする花だから、一度くらい描いていても良さそうなものだが、どうも記憶にない。 他に同様の例を挙げれば、鶏頭があるし、藤の花も描いたことがない気がする。もっとも藤の花は、きれいだけれど熊蜂がうようよいるため、近付くのを避けているという面もあるかもしれない(笑)。 何となく題材となる花を選んでいると書いたが、果たしてその選定基準とは何なのだろうか。おそらく美しさというだけではあるまい。人の目に触れないような地味な花を描いたことは幾度もある。美しさだけで選べば、花屋の店頭を飾るような花や、温室に咲き誇る南国の華やかな花が真っ先に選ばれるのだろうが、私の気まぐれな心は、そうした花には却って食指を動かさない。 こんな不思議な花の選び方をしているのは、もしかしたら、私に植物の知識が余りないからかもしれないなと時々思う。仮に体系立てて頭の中に季節の植物が分類され、自分なりの植物観を持っていれば、季節ごとに外せない花というのはあるはずで、直感だけでなく、展示室全体を見たときのバランスも考慮しながら題材を選ぶことになるのではないか。そうなれば、つつじはこの季節を代表する花として選ばれていたはずだ。 しかし、幸か不幸か、私にはそうした体系だった知識や薀蓄がない。ないがゆえに、直感だけで花を選ぶ。その時の体調や心の状態、天気や周囲の景色とのマッチングなど、様々な要素が絡み合って、何らかの物差しが心の中にでき、ある花が選ばれる。しかも、その物差しは常に変化し、一定ではない。そうして出来た展示室の様相は、これといってルールのない偏りのある形になるわけだが、さて、それがどの方向にどう偏っているのか、これがよく分からない。 ある景色を選び、それを元に風景画を描く時と同じなのかもしれない。一応、この景色のこういう部分に惹かれたという理由はあるのだが、他の景色に比べてどうかと言われると、正直うまく理由を説明できないことがある。森のある一角を切り取って絵にしたとして、どうして別の一角だとまずかったのかと問われても、どうにも答えられない。「いや直感です」というのが正直なところだろう。 「どうしてあちらの花ではなく、この花を選んだのですか」と訊かれれば、おそらく同じ答を返すことになる。「いや直感です」と。おそらく、何かが私の耳元で囁いて、その花を選ばせたのだろう。けれど私には、その何かの正体は分からない。 要するに絵とは、自分の移ろいやすい心を描いたものということか。そして、どうにも波長の合わぬ花もあるということかもしれない。その理由を理屈で説明せよと言われても、出来ない。その選択は心の動きそのものであり、それはまた、理屈では御しがたい不明確な物差しを持つものだからである。おそらくその揺らぐ判断基準をコントロールするためには、花に関する体系的な知識とか自分なりの植物観なんてものを持っていないといけないのだろうが、あいにく私にはそれがない。 ついぞ選ばれない花には申し訳ないが、誰か別に人に描いてもらって下さいと言うしかなかろう。 |
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