パソコン絵画徒然草
== 3月に徒然なるまま考えたこと ==
| 3月 4日(火) 「美術と音楽」 |
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今回はちょっとした愚痴でも書いてみたい。 芸術と聞いて、誰もがすぐ頭に思い浮かべるのは美術と音楽だろう。中学・高校の芸術科目としては、これに書道が加わったような気がするが、みんなの人気は美術と音楽で二分されていたと思う。 中学の頃は、美術・音楽とも必須科目として授業で習っていたが、高校になると選択科目になった。どっちを選んだ生徒が多かったかについては覚えていないが、美術を選択科目として取った私の目からすれば、授業はそれなりに賑わっていたように覚えている。 世の中には二種類の人間がいる。「世の中には二種類の人間がいる」と思う人と、そうは思わない人だ。いやこれは、世の中を何でも二つの対立概念に分けたがる人への皮肉を込めた古典的なジョークだが、高校生だった私には、人間には美術派と音楽派がいると思っていた。まぁこの二つは別に、対立概念ではないのだが・・・。 ところが、社会人になって周りを見渡してみると、いつの間にやら音楽が優勢になっているような気がしてならない。気のせいだろうか。 クラシック音楽のCDは安価で気軽に手に入れることが出来るし、演奏会も盛んで多くの人が聴きに行っている。テレビ放映も結構ある。街中を歩いていてクラシックの名曲が聞こえてくることはしょっちゅうだし、コンサート・ホールでなくとも、ビルのホールや街角でミニ演奏会をしていたりする。 ひるがえって美術の方を見ると、名画の複製がそう気軽に安価で売られている気がしないし、画集もしかりである。美術展も、それなりの広さがあるところでしか出来ないし、屋外に剥き出しというわけにもいかないから、場所が限られる。 クラシックや歴史的名画ではなく、現代音楽や現代美術の分野でも、絵は負けている。みんな気軽に流行のCDを買い、着メロをダウンロードし、カラオケに行く。最近では、携帯音楽プレイヤーが売れていて、地下鉄の中でも音楽を聴いている人が多い。では絵の方はどうかというと、携帯の待ち受け画面はあるかもしれないが、イラストといえども絵を買ったりするかなぁ。絵葉書、カード類がせいぜいか。ましてや、携帯音楽プレイヤーのように、寸暇を惜しんで鑑賞したりはしない。 映像ということになれば、テレビや映画もあるが、あれは美術というより総合芸術だろう。映像と音とが絡み合って出来ている。漫画も美術系だが、あれは絵そのものを楽しんでいるわけではなく、ストーリー重視だから、小説の一類型と捉えるべきかもしれない。 こうして考えてみると、どうも音楽より絵の方が劣勢な気がしてならない。 高校の選択科目で音楽より美術を取った人々はいったいどうしたのだろうか。美術を取ったからといって音楽が嫌いというわけではなかろうが、少なくともあの時点で、音楽より美術が好きだと思っていたわけだから、今でも音楽を好きなのと同程度かそれ以上に、美術に思い入れがあっても良さそうな気がする。 絵というのは、気軽さが足りないのだろうか。携帯音楽プレイヤーとは言わないが、せめてもう少し、普通の人の間で気軽に楽しまれたらなぁ。絵を趣味とする者としては、少々淋しい。我が家でも、3対1で美術より音楽の方が優勢である。 |
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| 3月12日(水) 「春のめざめ」 |
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この前の休みに山種美術館まで出掛け、「春のめざめ」と題された日本画の展覧会を見て来た。横山大観から東山魁夷まで有名画家の中規模の作品を集めたもので、会場の広さも狭過ぎず広過ぎず、人の入りもそこそこで、のんびり気持ちよく鑑賞出来た。 ちょうどその日は、展覧会の名前通りの暖かい日で、セーター一枚で充分だった。千鳥が淵を歩いて美術館まで向かったが、遊歩道脇に並ぶ桜の巨木を見上げると、既につぼみも膨らみ始めていた。あと1ヶ月もしないうちにこの桜の名所は人ゴミで埋め尽くされるのだろう。ついこの前まで厳しい寒さを耐え忍んでいたことを思うと、感慨ひとしおである。 さて、展覧会の方だが、明治から昭和にかけての作品を見比べてみると、東山魁夷、高山辰雄、杉山寧など新しい世代の作品に使われている岩絵具の塗りの厚さが妙に目立った。油絵具で描いたのかと思われるほどマチエールを強調した前衛的な日本画作品に比べれば、東山魁夷らはまだ薄塗りの類と思われるのだが、横山大観、竹内栖鳳、速水御舟など明治から昭和初期にかけての作品と比べると、同じ素材の絵とは思われない歴然とした新旧の差がある。 ご存知のように横山大観は、それまで線中心だった日本画に、線描を抑えた没線の「朦朧体」と呼ばれる画風を導入し、伝統的な日本画関係者から非難を浴びた。しかし、当時は革新的だった大観の作品も、東山魁夷ら現代日本画の作品と並べられると、妙に古風で保守的に見える。彼の没線描法も、完全に線を消した現代日本画の前では、線を意識した昔ながら日本画という感じがしてしまう。 時代の流れは少しずつ変わるものだが、こうして百年近くの差を一気に見せ付けられると、昔は革命的だった作品も古臭く見える。それは仕方のないことなのだが、明治期に蔑まれながら時代の先端を走った先駆者たちが、ちょっと可哀想に思える。彼らは保守派の代表ではなく画家生命を賭けた革命者だったわけだが、現代作品と並べられると、更に新しいものを引き立てる損な役回りを押し付けられてしまうということだろうか。 例えば、横山大観と同じような作風で公募展に応募しても、今では人の目には留まらない気がする。審査員の目から見れば、そうした作品に新鮮さはなく、加点すべき部分がないと判断されてしまうのだろう。戦前の日本画の雰囲気を持った作品を現代作品の中から探そうと思えば、そうした展覧会ではなく、むしろデパートや画材店の絵画売り場の方が見つけやすいかもしれない。語弊はあるかもしれないが、「売り絵」の世界で生き延びているということだろうか。 けれど、そうした古色蒼然とした画風の日本画が人々から見捨てられてしまったのかというと、そういうわけでもない。現に、戦前の有名日本画家の展覧会は今でもかなり集客能力がある。この前の横山大観展や、毎度混雑が予想される上村松園展などの賑わいを見れば、なお大勢のファンを持っていることが分かる。なのにどうして、現代の日本画家はそうした作風を捨ててしまったのだろうか。 芸大・美大における教育方針に問題があるのか、公募展の審査方針がいけないのか、はたまた「新しいものこそいいもの」と持てはやす我々がいけないのか、ちょっと複雑な気持ちになる。厚塗りを悪いとは言わないが、昔ながらの伝統的な線描は、あっさり捨ててしまうには惜しい気がするのである。あれは油絵にはない日本の伝統的な描法で、厚塗りでは油絵に負けても、線描の美しさでは日本画の方が勝つ気がする。 あっ、そんなこと言ったら、泉下の横山大観に怒られるかな。しかし、いかな大観でも、ここまで完全に日本画から線がなくなるとは思ってもみなかっただろう。ホントにこれは、大観が目指していた新しい日本画なのだろうか。ちょっと感想を聞いてみたい気がする。 |
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| 3月20日(木) 「職業としての芸術家」 |
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経済誌などを読んでいると、起業家の話がよく出て来る。若くして会社を始めたIT系企業の社長さんもいれば、既存の会社に長く勤めた後自分の夢をかなえるために中途退職して会社を興した人もいる。以前米国にいた頃、新しく社会に出た若者の中で最も尊敬されるのは、大企業に就職した人ではなく自分で起業した人という話をウォールストリートの住人から聞いたことがある。そうした風潮が徐々に日本にも広がり始めたということだろうか。 起業というのは自分自身で事業を始めることだから、ゼロからのスタートということになるわけだが、誰しも全く何もない白紙のところに会社を興したりはしないだろう。事業として形になっていなかったにせよ、その分野で仕事の経験があったり、趣味であっても深く精通していたり、何らかの基礎があったに違いない。 学生さんが起業する場合には、学生時代にその分野のことに熱中していたとか、既に事業の走りのようなことを友達とやっていたのかもしれない。あるいは社会人なら、今まで勤めていた会社で仕事の経験があったり、既にその世界に人脈が出来上がっていたりということが考えられる。とにかく何らかの助走期間はあるはずで、ズブの素人が何も知らない世界で会社を興したりはしない。そんなことしても、銀行は融資してくれないし、資金を提供してくれる人も現れないだろう。何よりリスクが大き過ぎて、失敗に終わる可能性が高い。 起業に至る経緯は様々だろうが、雑誌の体験談を読んでいると、趣味が嵩じて仕事になったという話が時々出て来る。学生さんでも社会人でもその種のエピソードはたくさんあり、自分が勉強したり働いていたりした分野とは全く畑違いのフィールドで会社を興している。それで食べていけるとすれば、誠にうらやましい話で、社会人から転じて起業した人だと年収がガクンと落ちたりしているが、本人は至って満足しており、幸せそうに働いている。 だが、絵の仕事を始めたという話はついぞ読んだことがない。仕事をしながら趣味で絵を描いていて、やがてそれが嵩じてプロの画家になったなんてストーリーは、やはり非現実的なのだろうか。音楽だとありそうだし、有名な歌手でも昔サラリーマンやっていたという例はある。けれど絵だとない。どうしてだろうか。 考えてみれば、絵で食っていくというと、代表的には漫画家、アニメーター、イラストレーター、デザイナーの一部といったところで、こういう分野ならサラリーマンからの転職もあるかもしれない。だが、いきなり起業家として会社まで興すかというとどうだろうか。現実には、下積みから入って、またもやサラリーマンという立場でこの種の仕事に携わることになるのではないか。いきなり起業は、ちときつい気がする。 更に、本格的な絵画となると、芸大・美大を出て最初から画家を目指していた人を除くと、まずいないのではなかろうか。実際、会社勤めから転職して画家になるというルートは、方法論としても確立していないし、成功した代表例がないから、誰もノウハウを学びようがない。これが小説家となると、方法論を解説したノウハウ本が、当の小説家から出されていて、成功者もたくさんいる。またこうした新人を相手にした賞も設けられていて、目指すべき関門がはっきりしている。 絵画の世界というと高尚なイメージがあり、それを買う人も、趣味にせよ投資にせよ、一般庶民の領域というより裕福な金持ちの世界という印象が強いが、それなのにというか、それゆえにというか、そこに制作者として途中から参入しようとすると道がない。職人芸というのは絵に限らずおいそれと素人が入りにくいものかもしれないが、一般の事業の世界では結構難しそうな分野でも、転職して起業家として成功している人がたくさんいるのだから、絵だけは無理という理由がどうも腑に落ちない。 私自身は仕事で絵を描こうという気はさらさらないが、「途中から会社辞めてプロの画家になり成功しました」なんて人がいると、夢があるしアマチュア画家の励みにもなる気がする。現在大量退職中の団塊の世代辺りから、そういう人が一人くらい出てくれないだろうか。応援する人はたくさんいるような気がするが。 |
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| 3月26日(水) 「終わりの季節」 |
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3月というと、色々な思い出が頭をよぎる方が多いのではないか。冬の終わり、春の始まりという季節の変わり目ということもあるが、何より3月は、年度という概念からすれば1年の終わりの時期であるからだろう。 学校にせよ就職にせよ、我々は4月に始まり3月に終わる年度のサイクルによって人生の節目を迎えることが多い。学校については学年の終わり、そしてやがては卒業を迎える月である。就職で言えば、4月に入社し、仮にその会社で人生をまっとうしたとすれば、新入社員と入れ替わるように、3月に定年ということになるのだろうか。会社の決算は今ではまちまちだが、4月から3月を一つの会計年度にしているところが依然多数派の気がする。 海外では、4月−3月のサイクルが必ずしも常識ではない。学校は9月始まりという例があるし、国や会社の会計年度も暦年だったり、全く別の期間を取っていたりする。では何故日本では、4月−3月のサイクルが一般的になったのだろうか。 私も詳しい経緯は知らないが、遠い昔からの習慣ではなく、明治以降近代化の流れの中で定着していったらしい。日本の生活様式や感覚に合っていたということだろうか。 仮に暦年でいくと、始まりは冬、そして終わりも冬ということになる。やはり、日本人の感覚からすれば、寒い冬を耐えしのぎ、暖かくなったところで物事を始めたい。4月−3月のサイクルは、それに合っている。これだと春に始まり、早春に終わる。草花が芽吹くのも、虫や動物が這い出して活動を開始するのも春である。人間の動物的本能にも合っていたということだろうか。 そしてもう一つ、3月下旬から4月上旬にかけては、日本人の好きな桜の開花時期でもある。この時期に年度の始まりと終わりが重なることで、桜は日本人にとって、一層思い出深い花になったのではなかろうか。年度は桜で始まり、桜で終わる。人は桜に、出会いと別れ、始まりと終わりにまつわる様々な思いを込めて来たのだろう。 桜を歌う歌には名曲が多いという話を以前何かで読んだが、何となく分かる気がする。歌を作る側も思い入れを持って作るからではないか。桜にまつわる自分の人生経験やら身近な人の話やら、様々な思いを無意識のうちに背負いながら曲を作る。そこには魂が宿り、曲に力が込められる。そのこだわりや思い入れが、聴く人の心に響き、各人の胸のうちにある思い出と共鳴する。 さてその桜、漸く開花の時期を迎えた。毎年桜を見るたびに絵に描きたくなるのも、私自身がその花の中に色々な思い出を凝縮して持っているからだろう。桜が咲き散るまでの僅かな間、色々なことが思い起こされる。過ぎ去りしもなお、そこにまつわる記憶はほのかに甦るのである。まるで桜の色のように淡く、その香りのようにかすかに。 |
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