パソコン絵画徒然草
== 2月に徒然なるまま考えたこと ==
| 2月 7日(木) 「淋しい月」 |
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2月は寒い。取り分け今年は寒い。この前の週末は、都内でも結構な量の雪が降って、買い物に出掛けるのにも苦労した。雪がちらつくことも稀だった昨年とは大違いである。 日頃通勤で北風に身を縮めて歩いているせいか、休日になっても出不精になりがちである。これでは運動不足になるからと思って散歩に出掛けるが、休日の朝だと歩いている人も少ない。誰も同じような気持ちなのだろう。 気候的に2月が一番寒いわけだが、気分的にも淋しい月である。1月は正月で始まり、成人式など華やかな行事があるし、3月になれば春はすぐそこで、後半には桜も咲く。また卒業式もあって、気分的に冬も終わりという明るさがある。だが、2月といえば、冬の真っ只中のうえ、行事も節分くらいしかない。他にこれといって楽しみはなく、どうも明るい話題に欠ける。俗に「夜明け前が一番暗い」などという言葉があるが、1年で言えば、それが2月なのかもしれない。 「2月のイメージは?」と訊かれれば、私は「我慢の月」という言葉を思い浮かべる。今ではそれ程強く感じないかもしれないが、昔はそうだったのではないか。 暖房器具も満足にない中で、昔の人は厳しく暗い冬を乗り切るため、息を潜めて家の中にこもっていたに違いない。木も葉を落とし草も枯れ果て、春に芽吹くためにつぼみを育て、あるいは種子の形で暖かくなるのを待っていた。動物達は、冬眠したり僅かばかりの餌を食い繋いだりして冬を乗り切ろうとした。全ての命あるものは、冬将軍の猛攻を、息を潜め身を縮めて耐えた。我慢し切れなかったものは、人にせよ動物にせよ死んで行ったのだろう。そんな試練の月が2月だった気がするのである。 今では暖房器具が発達し衣類も工夫されて、簡単に暖を取れるようになった。普通に生活している分には、身を縮めて戸外を歩くことはあっても、凍死することはない。その分、我々は、昔の人達が感じていたような切実な季節感を失ってしまった。生死を分けるような季節の猛威など、遠い国のニュースになってしまったのである。 季節に山と谷があるとすれば、2月は間違いなく1年の谷だろう。そして、その谷の深さを命の重さと共に実感できなくなった現代人には、本当に意味での山の高さも分からなくなってしまったのかもしれない。 昔の桜はさぞかし美しかったのだろうと思う。 |
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| 2月13日(水) 「経験の厚み」 |
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今さら正月の話ではないが、年末年始に帰省した時に実家の本棚を整理して、懐かしい本を何冊か持ち帰った。その中の一冊、小林秀雄の「無常という事」を寝転びながらパラパラめくって拾い読みした。角川文庫もので、たしか高校生の頃に購入したものだ。200ページ程度の本で値段は180円。今の文庫本の高さと比べると隔世の感がある。あの当時、文庫本はまさに金のない学生のためのものだった。 隔世の感と言えば、寝転んで小林秀雄を拾い読みする自分自身にも、少々驚いたりしている。学生時代には、居住まいを正してとは言わないが、小林秀雄を寝転びながら読んだことはなかった。彼を尊敬していたからではなく、内容が難しいと感じたからだ。難しい内容のものはきちんと座って読むのが私のくせである。よって、大学時代に寝転びながら法律の本を読んだ記憶はない。 さて、寝転んで読んだ小林秀雄の感想はというと、学生時代に読んだのと比べて、何だか簡単に感じてしまった。あの頃は、噛み締めるようにして二読、三読した覚えがある。それが今ではスーと頭に入る。もちろん、以前熟読した本だから要旨は一応記憶のどこかにあるわけで、初読の場合とはわけが違うのは確かだが、それを差し引いても、あまり迷うことなく読み進められた。 あの頃と何が違うのだろうと暫し考えてみたが、読解力が上がったわけではない。むしろ最近では本を読む回数が減って、内容的にも肩の凝らないエンターテイメント系の本ばかり読んでいるから、学生時代よりむしろ読解力は下がっていると思う。では何故スラスラと読めたのかと考えてみると、人生経験の違いかなという結論に達した。 学生時代の読書というのは、多分に論理に頼りながら力任せに解釈しているようなところがある。思考力で読んでいるのである。だが、この年になって小林秀雄を読むと、節々で自分のこれまでの経験やその時に抱いた感想などが思い起こされ、そうしたものを行間に当てはめながら読むようになる。これは人生経験の少ない学生時代の自分には出来なかったことである。 例えば、この文庫本の表題にもなっている「無常という事」という有名な評論の場合、無常という単語を見て高校時代の自分が思い付いたのは、平家物語の「諸行無常の響きあり」というフレーズや古典の授業で習った幾ばくかの知識だけだった。世の中が無常かどうかなんて、社会経験の少ない高校生に分かるわけがない。しかし、同じ言葉を今聞くと、これまで自分が経験して来た価値観の目まぐるしい変化や、世論の絶え間ない変遷など、幾つも噛み締めるべきものがある。そうした実体験を下敷きに読み進むと、不思議とすいすいと頭に入っていくのである。 小林秀雄がこの有名な評論を雑誌「文学界」に発表したのは彼が40歳のときである。文学者にせよ芸術家にせよ、若い時に制作した作品が一番輝いているという話をよく聞く。みずみずしい感性と斬新なアイデアを持っている時期になした業績ほど、人目を惹くということかもしれない。しかし人生経験を積んだうえで到達できる領域というのもあるのではないか。 「無常という事」が書かれたのは昭和17年。明治生まれの小林秀雄が見てきた世相は目まぐるしく移り変わり、自由から軍国主義へ、そしてついにはその前年に太平洋戦争が始まっている。彼の人生経験そのものが、まさに無常だったのではないか。 改めて小林秀雄を読み直しながら感じたことは、そのまま絵の世界にも当てはまるのかもしれない。みずみずしい感性と斬新なアイデアを持った若い時期に描いた絵と、様々な経験を積んで色々な思いを抱くようになってから描いた絵。どちらがいいということではなく、質が違うのである。 「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」(「無常という事」小林秀雄) |
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| 2月19日(火) 「横山大観展」 |
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この前の三連休に、六本木の国立新美術館まで横山大観展を見に出掛けた。展覧会の正式名称は「没後50年 横山大観―新たなる伝説へ」という長いもので、名前の通りかなり力が入っていた。前宣伝の謳い文句では、名作の誉れ高い大絵巻「生々流転」を長さ約40メートルに渡り全巻展示しようという意気込みである。 横山大観の展覧会は過去何度か見に行ったので、「生々流転」も見たことがある。山奥に湧き立つ霧と雨が山間に流れ落ち、小さな渓流からやがて大河となり、海に注ぎ込んで最後には雲になるという、水の壮大な循環を水墨画で描いたものである。水になぞらえつつ、自然の全ての有様を現しているようであり、同時に人間の一生を暗示しているようでもある。 横山大観は他にも絵巻の大作を制作しており、本人も比較的好きだったようだ。最近の日本画家は、障壁画は描くが絵巻はめったに見ない。展示するのが大変だということかもしれないが、「生々流転」が示すように、一連のストーリーを一枚の絵の中に込めることが出来るという意味で、絵巻は中々優れた作品形式かもしれない。そもそも油絵では出来ないことである。 私の認識では、横山大観が国民的人気画家であったのはもう過去のことで、今では若い層にはあまり受けないだろうと思っていた。だが、会場に着いてこれがとんでもない間違いだと気付いた。午前中なのに既に入場制限がかかっているのである。展覧会入り口には長蛇の列。今さら引き返すわけにいかないので、自分の認識の甘さを悔やみつつ並んだ。 予想したことではあるが、「生々流転」の展示は大混乱をきたしていた。絵巻は壁に掛けられないから、展示台の上に並べるしかない。平面に置かれてしまうと真下に覗き見る形になるから、最前列の人しか全貌が見られない。かくして、この絵巻を見るための長蛇の列が、これまた会場内に出来ている。入り口で並び、会場内でまた並ぶ。けれど、この展示がまさに展覧会の目玉なのだから、見に来た以上飛ばすわけにはいかない。仕方がないので、なかなか前に進まない列に並ぶことにした。 じっくり鑑賞する人がいるせいか、一向に前に進まない列。こんなの並んでいられないとばかり割り込みをする人。整理のために配置されている係員に、展示方法が悪いと文句を言っている人。おおよそ海外の美術館では見かけることのない情けない光景である。何だか美術鑑賞に来たというよりバーゲン会場に来たような気分だ。以前に「生々流転」を見たのがどこでだったか覚えていないが、こんな混乱に陥った記憶がない。 そもそも横山大観と言われれば、普通の人が思い浮かべるのは富士の山と松の木じゃなかろうかなんて思っていたから、この絵にかける鑑賞者の意気込みに、正直驚いた。主催者側の宣伝が効き過ぎたのだろうか。仮に何の宣伝もせず横山大観展を普通に開いたら、他にも大作がたくさんあるのだから、この地味な水墨画の前にこれだけの人だかりは出来ないような気がする。 宣伝が過大すぎたのか、展示方法や観客の誘導方法が悪いのか。どっちにせよ、名作を鑑賞するのには、あまりにお粗末な舞台設定である。あんなに人気があるなら、どこかで常設展示すればいいものを。 でも、常設展示になったら、さして人は見に来ないだろう。絵の価値云々よりも、日本人は「今回限り」に弱いのである。「めったに見れないものを見た」という点に、満足感を覚えるということではないか。しかしこんなことじゃあ、日本人の美術鑑賞はなかなか成熟しないなぁ。 |
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| 2月27日(水) 「壁掛けテレビ」 |
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我が家のテレビは、42インチのプラズマ・テレビである。一昨年の暮れにテレビの調子が悪くなって買い換えた。そのときには随分大きなテレビだと思ったが、今ではすっかり見慣れてしまって、これが普通だと思うようになった。慣れというのは本当に恐ろしいものである。 我が家が購入した頃は、液晶テレビとプラズマ・テレビのどちらがきれいに見えるかが話題になっていたが、その後は有機ELが登場したり、液晶テレビが更に薄くなったりして、映像の美しさだけではなく薄さを競う時代に移りつつあるようだ。その先にある理想的な薄型テレビは、壁掛けテレビだという。それを聞いてちょっと驚いた。 私はあまり家電に詳しくないが、液晶テレビやプラズマ・テレビが出て来たのは、ブラウン管ではそれ以上大きな画面のテレビを作れなくなった、あるいは作れても奥行きの関係から家の中に置けなくなったという事情があってのことだと思っていた。つまり大きさの競争の果てに液晶やらプラズマやらが登場したのだと。だが、追い求めていたのは大きさばかりではなく、壁にかけられるということだったのか。 ところで、壁掛けテレビと聞いて、私はにわかに考えたことがある。今の一般的な家庭において、壁には何がかかっているのだろうか。そう、絵である。絵ばかりではなくカレンダーや写真かもしれないが、リビングや客間の壁をどうするかを考えたとき、普通の人なら絵や写真パネルなど静止画系の装飾品を思い浮かべるのではないか。仮に壁掛けテレビが登場すれば、絵画の強力なライバルにならないだろうか。 テレビが壁にかかるようになると、おそらく一般家庭のリビングの様子はかなり変わるだろう。テレビが占拠していた一等地に、替わりに何が置かれるのか知らないが、少なくとも皆が最も見やすい壁面にテレビが移動する。そして、そこを飾っていた絵なり、ポスターなり写真パネルなり静止画系の装飾品は撤去される。新しく家を購入した場合には、一番目立つ壁面をどうするのか考える必要がなくなる。つまりそこがテレビの指定席ということだろう。壁面を埋めるための装飾用の絵やらパネルやらは、少なくともリビングとの関係では用なしということか。 絵描きにとって、これは少々まずい展開かもしれない。壁面争いにおいて、壁掛けテレビは強力なライバルである。けれど私は最近、家電量販店の店頭でちょっと面白いものを見つけた。もしかしたら、これは絵の展示方法を変える力を秘めた商品ではないかと思った。 それは何かというと、デジタルフォトフレームという名の小型写真立てである。ちょうど写真を収める部分が液晶モニターになっていて、デジカメ写真が次々に表示される。パソコンのスライドショーを写真フレームに収めたものと言えばイメージが湧くだろうか。 このアイデアを利用すれば、テレビを壁に掛けるようになった場合、番組を見ないときにモニター上に静止画を表示し、絵や写真の代わりにインテリアの一部として飾れるのではないか。そんな考えが、ふと頭に浮かんだのである。そうなれば、私が描いているようなパソコン絵画も、大きな画面で表示できるようになるはずだ。 今では家庭用プリンターの都合で、パソコンで描いた絵はA4までの大きさしか印刷できず、それは当面変わらないだろうが、巨大な液晶画面に表示させることが出来れば問題は解決する。しかも、スライドショーのように入れ替わるようにすれば、幾つもの絵を展示することが出来る。 いやもしかしたら、展示方法の限界もあってプロの画家が二の足を踏むデジタル絵画の世界にも、新しい潮流が生まれるのではないか。例えば、壁掛けテレビを多数使った展覧会なんてのも開催できるはずだ。大きな作品を搬入する必要もなく、単にUSBメモリーを持って展示会場に行けばよい。更に、テレビに映す順番なんぞ、変えるのはごく簡単だから、自在に展示方法を工夫することが出来る。 我ながら面白いアイデアだと悦にいったのだが、よく考えたら問題があった。小さなパソコンのモニターで、巨大画面に投影する大きな絵をどうやって描くのか。更に言えば、パソコンのモニターよりはるかに小さいタブレットで、そんな大きな絵が描けるのか。う〜ん、根本から考え直す必要があるかもしれないなぁ。 |
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